Date:2025.07.28

身寄りのない人の医療同意問題:知っておきたい現状と私たちができること

日本は今、かつてないスピードで高齢化が進み、核家族化や未婚化も顕著です。それに伴い、一人暮らしの高齢者や認知症の方が増え、「身寄りがない人の医療同意」が大きな社会課題となっています。
医療や介護を受ける際に必要な「身元保証」や「意思決定支援」が困難になるケースが、全国的に深刻化しているのです。

この問題は、決して他人事ではありません。伝統的な家族モデルだけでは支えきれない現代社会において、誰もが安心して医療を受けられるための、新たな仕組みが求められています。

「身寄りがない人」とは?

厚生労働省ガイドラインでは、法的な親族がいても、患者との関係を拒否する場合には「身寄りがない人」に含めると定義しています。
これは、血縁だけでなく、実質的な支援関係の有無を重視するという、現代社会の実情に即した考え方です。

そして、医療行為の決定は、患者さん本人の「一身専属の権利」が大原則です。
つまり、本人以外の第三者(身元保証人など)に医療同意の権限はないと明確に示されています。
これは、患者さんの自己決定権を尊重する医療倫理の根幹なのです。

しかし、患者さんがご自身の意思を伝えられない場合や「身寄りがない」と判断される場合、この大原則は大きな課題に直面します。
法的に認められた意思決定者がいない場合、必要な医療ケアはどのように提供されるのでしょうか?

医療現場が直面する現実

現在の医療現場では、この「一身専属性」の原則と、現場の実態との間に大きなギャップが存在しています。

1. 身元保証人の”曖昧な”役割

法律上の明確な定めがないにもかかわらず、医療現場では身元保証人が求められることが多く、緊急連絡先から金銭管理、入院・退院の調整、さらには死後事務まで、多岐にわたる役割が期待されています。
しかし、身元保証人には医療同意の法的権限はありません。
この法的に不明確な役割が、患者さんにも医療機関にも曖昧さとリスクを生み出しているのです。

2. 医療機関の受け入れ拒否・ためらい

「身寄りがない」ことを理由に患者の受け入れを拒否することはできません。
しかし、実際には、医療費の未払いや医療同意が得られないことへの不安から医療機関が受け入れをためらうケースが後を絶ちません。
ある調査では、病院で27%、介護施設で36.5%が「保証人がいないために断られた」経験があると回答しています。

3. 本人の意思確認の難しさ

病気や認知機能の低下により、ご本人が自身の意思を伝えることが難しくなるケースは少なくありません。
意思決定能力が不十分な場合でも本人の意思を尊重するべき、という原則があるにもかかわらず、その確認自体が非常に困難な場合が多いのが現実です。

4. 個人情報保護と情報連携の壁

緊急時など、迅速な情報収集や医療機関と行政の連携が求められる場面で、個人情報保護の壁に阻まれ、情報共有がスムーズに進まないことがあります。
これにより、支援が遅れる可能性も指摘されています。

5. 成年後見制度の限界

判断能力が不十分な方の支援として成年後見制度の活用が推奨されていますが、現在の解釈では成年後見人に「医療同意権」は含まれないとされています。
このため、後見人が選任されても、医療同意の主体が不明確なままという根本的な課題が残ってしまっています。
また、制度利用までの手続きに時間がかかり、緊急の支援に間に合わないケースもあります。

 

解決に向けて:多角的なアプローチが必要です

この複雑な問題を解決するためには、様々な立場からのアプローチが不可欠です。

1. 患者さん自身の意思を尊重する仕組みの強化

  • アドバンス・ケア・プランニング(ACP)の推進: 「人生会議」とも呼ばれるACPは、元気なうちから将来の医療やケアについてご自身の希望を話し合い、記録しておく取り組みです。これは、ご自身の意思を尊重した医療を受けるための最も重要な一歩となります。

2. 多職種連携と専門職の役割強化

  • 医療ソーシャルワーカー(MSW)の役割拡大: MSWは、患者さんの背景や価値観を深く理解し、医療・介護・福祉の様々な専門職や機関と連携する重要な役割を担います。その機能を強化し、倫理カンファレンスなどへの積極的な参加を促すことで、患者さん中心の包括的なケアが実現できます。

3. 行政の公的責任の明確化と情報連携の強化

  • 行政ガイドラインの策定: 「身寄りがない人」への相談対応に関する行政側のガイドラインを明確化し、相談窓口の周知を徹底することが求められます。
  • 医療機関と行政の情報連携のルール化: 緊急時に備え、個人情報保護に配慮しつつ、医療機関と行政が円滑に情報共有できるようなルールを事前に取り決めておくことが重要です。

4. 法整備の喫緊の必要性

  • 医療同意の代行決定に関する法整備: 日本医師会日本弁護士連合会リーガルサポートなど、多くの関係機関が、判断能力を失った方の医療同意を代行する法的な枠組みの整備を求めています。これは、患者さんの尊厳を守り、医療提供者が安心して必要な医療を提供できるために不可欠です。
  • 民間身元保証サービスへの法規制: 無登録・無許可の事業者が横行し、高額な費用請求や権利侵害のリスクが指摘されている民間身元保証サービスに対し、利用者を守るための法規制の導入が強く求められています。

 

CCLの取り組みと皆様へのお願い

特定非営利活動法人CCLは、このような社会課題に対し、誰もが安心して暮らせる社会の実現を目指して活動しています。
私たちは、身寄りのない方々が直面する困難を少しでも軽減できるよう、情報提供、啓発活動、そして関係機関との連携を通じて、具体的な支援策の確立に貢献していきたいと考えています。

この問題は、私たち一人ひとりの関心と理解、そして社会全体の意識の変化によって、少しずつ解決に向かうことができます。

私たちと一緒に、身寄りの有無にかかわらず、全ての人が尊厳を持って必要な医療を受け、安心して人生を全うできる社会の実現を目指しませんか?

ご意見やご質問、この問題に関心をお持ちの方からのご連絡をお待ちしております。