Date:2025.07.21

在宅医療介護連携と身寄りのない人への支援:包括的分析と政策提言(第4回)

4. 両課題の相互関係と複合的な影響

在宅医療介護連携の課題と身寄りのない人への支援の課題は、それぞれ独立した問題ではなく、相互に深く関連し、複合的な影響を及ぼし合っています。

まず、身寄りのない人々が直面する身元保証問題は、在宅医療介護連携の円滑な機能に直接的な障壁となります。病院や介護施設が入院・入所時に身元保証人を求める慣習があるため、身寄りのない高齢者は、たとえ在宅での生活が困難になったとしても、適切な医療機関や介護施設へのアクセスが制限されることがあります。これにより、在宅医療・介護サービスが提供されていても、急変時や状態悪化時に「切れ目のない」サービス提供が途切れてしまうリスクが生じます。また、緊急時の医療同意の困難性は、医療機関が迅速な治療判断を下すことを躊躇させ、患者の生命や健康に重大な影響を及ぼす可能性があります。これは、在宅医療・介護連携が目指す「包括的かつ継続的な在宅医療・介護の提供」を根底から揺るがす問題です。

次に、在宅医療介護連携における多職種間の情報共有の課題は、身寄りのない人々への支援をさらに複雑化させます。医療情報がケアマネジャーや他の介護関係者に十分に共有されない場合、身寄りのない利用者の健康状態の変化や医療ニーズの把握が遅れ、適切なケアプランの修正や緊急時の対応が困難になります。身寄りのない人々は、自らが情報を管理・伝達する能力が低下している場合も多く、多職種間の情報連携が滞ることで、彼らの状況はさらに見えにくくなり、必要な支援から取り残されるリスクが高まります。

さらに、地域差の問題も両課題に共通して影響します。人口減少が進む町村部では、医療・介護資源自体が不足しており、身寄りのない人々への個別の支援体制を構築するリソースが限られています。大都市部では身寄りのない高齢者の絶対数が増加しており、個別のニーズに対応するためのきめ細やかな連携が困難になる場合があります。地域包括ケアシステムは、地域の実情に応じた柔軟な対応を目指していますが、身寄りのない人々の複雑なニーズに対応できる体制は、まだ十分に確立されているとは言えません。

このように、身寄りのない人々の支援課題は、在宅医療介護連携の各側面に深く浸透し、その機能不全を招く要因となっています。両課題は相互に負のスパイラルを生み出し、結果として地域包括ケアシステムが掲げる「重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続ける」という理念の実現を困難にしています。これらの問題は、単に個別のサービス提供の改善に留まらず、社会全体の構造的な変化に対応するための、より包括的かつ横断的なアプローチが不可欠であることを示しています。

5. 政策提言と今後の展望

在宅医療介護連携の深化と身寄りのない人への包括的な支援は、超高齢社会における喫緊の課題であり、両者の相互関係を考慮した多角的な政策アプローチが求められます。

在宅医療介護連携の強化に向けた提言

  • 多職種連携の質向上と情報共有基盤の整備
    • 標準化された情報共有プラットフォームの全国展開: 職種間の情報共有における認識の乖離を解消するため、医療・介護共通のデジタル情報共有プラットフォームの導入を全国的に推進すべきです。これにより、リアルタイムでの情報共有を可能にし、情報伝達の遅延や誤解を防ぎます。
    • 多職種連携研修の義務化と内容の充実: 医師、ケアマネジャー、看護師、リハビリ職など、多職種が共同で学ぶ機会を義務化し、互いの専門性や役割、情報ニーズへの理解を深める研修プログラムを開発・実施すべきです。特に、医療情報の介護現場での活用方法や、介護現場からの医療情報提供の重要性に関する具体的なガイドラインを策定し、研修内容に盛り込むことが重要です。
    • 情報共有ルールの明確化と周知徹底: 入退院支援ルールと連携し、急変時や看取り時、入退院時における情報共有の範囲、方法、責任者を明確化した全国共通のガイドラインを策定し、医療・介護従事者への周知を徹底すべきです。
  • 地域差に対応した柔軟な支援体制の構築
    • 地域特性に応じたモデルの多様化と重点的支援: 大都市部と町村部における高齢化の進展状況の大きな地域差を踏まえ、一律の連携モデルではなく、地域の実情に応じた複数のモデルケースを提示し、それぞれの地域に合わせた柔軟な計画策定を支援すべきです。特に、人材・資源が不足する小規模自治体に対しては、国や都道府県による重点的な財政・人材支援、広域連携を促進するための調整機能の強化が不可欠です。
    • 地域医療・介護資源の「見える化」と活用促進: 地域内の医療機関、介護事業所、生活支援サービスなどの社会資源に関する情報を集約し、地域住民や関係者が容易にアクセスできるデータベースを構築すべきです。これにより、不足している資源を可視化し、重点的な資源開発や人材育成に繋げることが可能になります。

身寄りのない人への支援体制の構築に向けた提言

  • 身元保証問題の抜本的解決
    • 公的・準公的機関による身元保証サービスの創設・拡充: 医療機関や介護施設での身元保証人要求の慣習に対し、国や自治体が関与する公的または準公的な身元保証サービスを創設し、その利用を促進すべきです。これにより、身寄りのない人々がサービスから排除される事態を防ぎ、安心して医療・介護を受けられる環境を整備します。
    • 身元保証人不在によるサービス拒否の厳格な是正: 厚生労働省の指導をさらに強化し、身元保証人不在を理由とした医療・介護サービスの提供拒否が不当であることを徹底させ、違反に対する指導・監督を強化すべきです。
  • 緊急時対応と医療同意の法整備・普及
    • アドバンス・ケア・プランニング(ACP)の推進と法的位置づけ: 本人の意思決定権を尊重するため、元気なうちから将来の医療やケアに関する希望を話し合い、文書化するACP(人生会議)の普及を強力に推進すべきです。また、本人の意思能力が低下した場合に備え、医療代理人制度の法整備を進め、その代理権限の範囲を明確化することが不可欠です。
    • 医療機関向けガイドラインの徹底と多職種連携による意思決定支援: 身寄りのない患者に対する医療同意の取得方法について、医療機関向けの具体的なガイドラインを策定し、医療ソーシャルワーカーや地域包括支援センターと連携した意思決定支援の体制を強化すべきです。
  • 財産管理の透明化と悪用防止策の強化
    • 成年後見制度の利用促進と機能強化: 成年後見制度の利用促進に向けた広報啓発を強化し、申立費用や報酬負担の軽減策を検討すべきです。また、後見人不足に対応するため、市民後見人の養成や法人後見の活用を促進し、地域の中核機関が成年後見制度への円滑な接続を支援する体制を強化すべきです。
    • 民間身元保証サービスの法規制と監督体制の確立: 民間身元保証サービスにおける財産不正流用やトラブルを防ぐため、サービス内容、料金体系、預託金の管理方法などに関する法規制を導入し、行政による監督体制を確立すべきです。
  • 死後事務支援の公的支援拡充
    • 公的機関による死後事務支援事業の創設: 身寄りのない人々の死後事務を円滑に行うため、自治体や社会福祉協議会が中心となり、死後事務委任契約の相談支援から、葬儀、遺品整理、行政手続きまでを包括的に支援する事業を創設すべきです。資力のない人々でも安心して利用できる仕組みを構築することが重要です。
    • 生前からの準備支援の強化: 地域包括支援センターが、身寄りのない人々に対し、生前からの死後事務委任契約や遺言作成に関する情報提供と相談支援を積極的に行うべきです。
  • 社会的孤立防止と地域共生社会の実現
    • 地域住民による見守り・支え合い活動の促進: 足立区や河内長野市の事例を参考に、地域住民が主体となる見守り活動や、ボランティアによる生活支援活動を促進するためのインセンティブや支援体制を強化すべきです。
    • 地域包括支援センターの機能強化とアウトリーチの推進: 身寄りのない人の実態把握の困難さを踏まえ、地域包括支援センターが潜在的な孤立者を発見し、積極的にアウトリーチを行うための体制と人材を強化すべきです。多機関連携による情報共有を促進し、見えない孤立を防ぐ仕組みを構築します。

両課題を横断する包括的アプローチ

在宅医療介護連携と身寄りのない人への支援は、個別に対処するだけでは限界があります。これらの課題を横断的に解決するためには、以下の包括的なアプローチが必要です。

  • 「家族前提」からの脱却と「個人中心」「地域中心」への転換: 医療・介護、福祉、法律など、あらゆる分野において、これまでの「家族が全面的に支援する」という前提から脱却し、個人の尊厳と自己決定権を最大限に尊重した「個人中心」の支援、そして地域全体で支え合う「地域中心」の支援モデルへと転換を図るべきです。
  • 多機関連携の強化と情報共有の徹底: 行政(医療、介護、健康づくり、障害福祉部門等)、医療機関、介護事業所、地域包括支援センター、社会福祉協議会、NPO法人、弁護士・司法書士などの専門職が、部署や組織の壁を越えて緊密に連携し、情報共有を徹底する仕組みを構築すべきです。定期的な合同会議や研修を通じて、共通認識を醸成し、連携の質を高めることが重要です。
  • エビデンスに基づく政策形成の推進: 身寄りのない人々の実態把握の困難さを克服するため、継続的な調査研究を行い、データに基づいた政策形成を推進すべきです。これにより、支援ニーズの全体像を正確に把握し、効果的なリソース配分と事業評価が可能になります。

今後の展望

日本社会は、今後も高齢化と単身世帯の増加という構造的な変化に直面し続けます。在宅医療介護連携の深化と身寄りのない人への包括的な支援は、単なる福祉施策に留まらず、全ての国民が人生の最後まで尊厳を持って暮らせる社会を実現するための基盤となります。これらの課題への対応は、一朝一夕に解決できるものではなく、国、地方自治体、医療・介護関係者、地域住民、そして民間事業者が一体となって、長期的な視点と強いコミットメントを持って取り組む必要があります。本記事で提示した提言が、より包摂的で持続可能な社会の実現に向けた議論と行動の一助となることを期待します。