Date:2025.07.01

在宅医療介護連携と身寄りのない人への支援:包括的分析と政策提言(第1回)

1. はじめに:超高齢社会における喫緊の課題

日本は世界でも類を見ない速さで高齢化が進んでおり、2025年には団塊の世代がすべて75歳以上となる「超高齢社会」を迎えます。この大きな変化は、私たちの医療・介護システムに深刻な影響を与えています。

私たちは、重度な要介護状態になっても、住み慣れた地域で自分らしい生活を人生の最後まで続けられる社会を築き上げる必要があります。この目標を達成するために、厚生労働省は「地域包括ケアシステム」の構築を推進しています。これは、医療、介護、予防、住まい、生活支援が一体となって提供される体制を目指すものです。

このシステムの中核を担うのが「在宅医療・介護連携」です。病気を抱える高齢者が自宅などで安心して療養生活を送るためには、地域内の医療機関や介護事業所が密接に連携し、切れ目のないサービスを提供することが不可欠です。

一方、高齢化の進展は、配偶者や子ども、その他支援を期待できる親族がいない、あるいは何らかの理由で支援を受けられない「身寄りのない人」の増加という新たな社会課題も浮き彫りにしています。2050年には、高齢単身世帯が約1,084万世帯に達し、全一般世帯の20.6%を占めると推計されています。

身寄りのない人々が直面する課題は多岐にわたります。例えば、入院や施設入所の際の身元保証、緊急時の対応、財産管理、そして死後事務などです。これらの課題は、在宅での生活継続や医療・介護サービスの利用を著しく困難にし、結果として社会的孤立を深める要因となっています。

本記事では、在宅医療介護連携と身寄りのない人への支援の現状と課題を包括的に分析し、両者が相互に影響し合う複雑な実態を明らかにします。そして、これらの複合的な課題に対する具体的な政策提言を行うことを目指します。

今回はまず、在宅医療介護連携の定義と推進体制、そして主要な課題について詳しく見ていきましょう。

2. 在宅医療介護連携の現状と課題

在宅医療介護連携の定義と地域包括ケアシステムにおける位置づけ

在宅医療介護連携とは、病気を抱える人々が、住み慣れた自宅などの生活の場で療養を継続し、自分らしい生活を送ることを可能にするために、地域内の医療機関や介護事業所などの関係機関が連携し、包括的かつ継続的な医療・介護サービスを提供することと定義されています。

この連携は、地域包括ケアシステムの重要な柱として位置づけられています。地域包括ケアシステムは、2025年を目途に、要介護状態になっても自宅で自立した生活を送るための支援を充実させることを目指しており、そのサービス提供圏域は、おおむね30分以内に必要なサービスが提供される日常生活圏域(具体的には中学校区)を単位として想定されています。

このシステムの推進においては、市町村が中心的な役割を担い、都道府県や保健所の支援を受けながら、地域の医師会などの医療関係者と緊密に連携し、連携体制の構築を進めることとされています。国は、事業推進を促すため、「在宅医療・介護連携推進事業の手引きVer.3」を策定し、具体的な運用指針を提供しています。

主要な課題

在宅医療介護連携の推進は、多岐にわたる課題に直面しています。特に、多職種間の連携と情報共有、そして地域ごとの特性に応じた対応が喫緊の課題として挙げられます。

多職種連携の深化と情報共有の効率化

在宅医療・介護連携推進事業を通じて定期的に開催される多職種連携会議は、地域課題の解決率を平均23.7%高める効果があることが示されており、その重要性は認識されています。しかし、多職種間の情報共有の実態には大きな隔たりが見られます。

東京都医師会の調査では、医師の62.7%が情報共有を「円滑に行えている」と回答しているのに対し、ケアマネジャーでは38.2%に留まっています。特に「医療情報の共有」が課題として指摘されています。この認識の乖離は、単なる見方の違いを超え、連携の質を低下させる構造的な問題を示唆しています。

医師は診断や治療に必要な情報が共有されていれば十分と考える傾向がある一方で、ケアマネジャーは利用者の生活全体を支えるために、病状の推移、予後、急変時の対応方針といった、より広範で詳細な医療情報を必要としています。このような情報共有の「質」と「量」に対する期待値の不一致は、ケアプランの適切な策定や急変時の迅速な対応を阻害し、結果として「切れ目のない在宅医療・介護の提供体制の構築」という地域包括ケアシステムの目標達成を妨げます。情報が円滑に流れなければ、利用者の状態変化への対応が遅れ、不必要な入院や再入院が発生するリスクが高まり、医療・介護資源の非効率な利用にも繋がります。

情報共有の基盤となるツールの導入状況にも地域差が見られます。入退院支援ルールを策定している自治体が87.0%であるのに対し、情報共有ツールを導入している自治体は78.3%に留まっており、取り組みに差があることが指摘されています。ルールが策定されていても、それを実行するためのインフラ整備が追いついていない現状が浮き彫りになります。特に小規模自治体では、予算やIT人材の不足が背景にある可能性が高いです。

職種 情報共有が「円滑に行えている」と回答した割合 主な課題
医師 62.70% 医療情報の共有
ケアマネジャー 38.20% 医療情報の共有
出典: 東京都医師会「多職種連携実態調査」令和4年度

情報共有ツールの未導入や不十分な活用は、多職種間のリアルタイムでの情報共有を困難にし、紙媒体や電話など旧来の方法に依存せざるを得ない状況を生み出します。これにより、情報伝達の遅延、誤解、漏れが発生しやすくなり、特に急変時や入退院時の連携において致命的な問題となる可能性があります。地域ごとの情報共有インフラの格差は、結果的に住民が受けられる在宅医療・介護サービスの質に地域差を生み出し、デジタルデバイドがそのままケアの質に影響を及ぼすという、新たな社会格差の問題を提起しています。これは、国全体の地域包括ケアシステムの均質的な発展を阻害する要因となります。