Date:2025.06.20
ケアプラン分業は介護保険の理念を揺るがすか。
はじめに
私たち特定非営利活動法人CCLは、質の高い介護と利用者の尊厳を守ることを活動の柱としています。
現在、日本の介護保険制度は、超高齢社会の進展と担い手不足という大きな課題に直面しています。特に、ケアプラン作成とサービス調整の中心を担うケアマネジャー(介護支援専門員)の皆様は、増大する業務量と複雑化するケースの中で、日々奮闘されています。
このような状況下、日本慢性期医療協会(日慢協)より、病院の多職種チームがケアプランの「医療部分」を作成し、ケアマネジャーに提供するという「メディカルケアプランナー構想」が提案されました。
ケアマネジャーの負担軽減や医療的視点の強化という目的には理解を示すものの、私たちCCLは、この「分業」という形が、介護保険制度が大切にしてきた根幹の理念を損なうのではないかと、強い懸念を抱いています。
本記事では、この構想について、介護保険の理念と現場の実情を踏まえ、私たちCCLとしての評価と提言を発信します。
介護保険におけるケアプランの本質:利用者中心の全体的支援
介護保険制度のケアプラン作成(ケアマネジメント)は、単なる書類作成ではありません。それは、以下の基本理念を具体化するプロセスそのものです。
- 利用者本位(利用者主体) サービス選択の主体はあくまで利用者であり、ケアマネジャーはその自己決定を支える専門職です。
- 自立支援 単なる身の回りの世話ではなく、利用者が持つ能力を活かし、その人らしい自立した生活を支えます。
- 尊厳の保持 どのような状態にあっても、一人の人間としての尊厳が守られることを目指します。
- 包括的アプローチ 病気や障害だけでなく、生活環境、家族関係、本人の価値観など、その人の生活全体を捉えて支援を考えます。
ケアマネジャーは、アセスメント(課題分析)から目標設定、プラン作成、サービス担当者会議、モニタリングという一連のプロセスを通じて、これらの理念を実践します。
特に、利用者のご自宅等を訪問し、生活全体の状況やご本人の思い、強みまでを把握するアセスメント、そして関係者が一堂に会し目標を共有するサービス担当者会議は、利用者中心のケアプランを実現するための要です。
「メディカルケアプランナー構想」への懸念
日慢協の提案は、ケアマネジャーの負担軽減や医療知識不足の補完を目指すものです。
その意図は理解できます。しかし、私たちは以下の点で重大なリスクを感じています。
- ケアの断片化・全体像の喪失 「医療部分」だけを切り出して病院チームが作成することで、利用者の生活全体の文脈(価値観、住環境、家族の状況、インフォーマルサポートなど)が見えにくくなり、ケアが部分最適に陥る恐れがあります。ケアマネジャーが持つ「生活者としての利用者」の視点が反映されにくくなるのではないでしょうか。
- ケアプランの統合性喪失 医療チーム作成部分とケアマネジャー作成部分の間で、目標や内容にズレが生じ、一貫性のないプランになるリスクがあります。これは、関係者間の目標共有を困難にし、支援の方向性を曖昧にする可能性があります。
- 利用者・ケアマネジャー関係の希薄化 アセスメントは、利用者とケアマネジャーの信頼関係を築く重要なプロセスです。プラン作成の一部を外部化することで、この関係構築の機会が損なわれる可能性があります。また、利用者が「誰に相談すればよいのか」「誰が責任者なのか」と混乱する恐れもあります。
- 責任の所在の曖昧化 プランがうまく機能しなかった場合、責任の所在が不明確になり、結果として誰も責任を取らない状況を招きかねません。
- ケアマネジャーの役割縮小と専門性低下 医療部分を委託することで、ケアマネジャーの役割が非医療分野に限定され、専門性が狭まる(De-skilling)懸念があります。これは、ケアマネジャー自身のモチベーション低下や、職業としての魅力低下に繋がりかねません。
- ケアの「医療化」 医療的側面が過度に重視され、利用者本位の生活目標やQOL(生活の質)向上の視点が後退するリスクも否定できません。
これらのリスクは、介護保険制度の根幹である「利用者中心」「自立支援」「尊厳保持」「包括的ケア」という理念そのものを揺るがしかねない、重大な問題だと考えます。
真の課題解決に向けて
ケアマネジャーの負担軽減とケアプランの質向上は喫緊の課題です。
しかし、その解決策は、ケアプラン作成プロセスを分断することにあるのでしょうか? 私たちCCLは、以下の点を優先すべきと考えます。
- ケアマネジャーの処遇改善と負担軽減策の実現 何よりもまず、ケアマネジャーの専門性と責任に見合った処遇改善が必要です。同時に、ICT活用(ケアプランデータ連携システム等)による事務負担軽減、事務職員配置の推進など、ケアマネジャーが本来の専門業務に集中できる環境整備を強力に進めるべきです。
- 既存の医療・介護連携体制の強化
- 連携拠点の活用 市町村の「在宅医療・介護連携拠点」の機能を強化し、顔の見える関係づくりや情報共有、多職種研修の場として積極的に活用します。
- 会議の質の向上 退院時カンファレンスやサービス担当者会議が、形式的なものでなく、実質的な情報共有と意思決定の場となるよう、運営方法やインセンティブを見直します。
- ICTによる情報共有基盤の整備 医療情報も含め、必要な情報が関係者間で迅速かつ安全に共有されるICT基盤の普及を加速させます。
- ケアマネジャーの研修・スキルアップ支援 医療知識、予後予測、複雑なケースへの対応能力などを高めるための質の高い研修機会を、負担なく受講できるよう支援します。主任ケアマネジャーによるスーパービジョン機能の強化も重要です。
- 相互理解の促進 医療職と介護職がお互いの専門性を理解し尊重し合えるよう、合同研修や意見交換の機会を増やします。
結論
「メディカルケアプランナー構想」は、ケアマネジャーの負担や医療知識の課題という「症状」に対応しようとしていますが、ケアの断片化という副作用のリスクが高すぎると言わざるを得ません。
介護保険の理念を守り、質の高いケアを提供するためには、安易な分業ではなく、ケアマネジャーへの支援を抜本的に強化し、既存の連携の仕組みを地道に改善・強化していくことが、最も確実で持続可能な道であると、私たちCCLは考えます。
利用者の生活全体を見据え、その人らしい暮らしを支えるというケアマネジメントの本質を、私たちはこれからも守り育てていかなければなりません。