Date:2025.04.16
日本における「看取り」の歴史的変遷
1. はじめに:「看取り」の定義とその歴史的意義
「看取り」は、単に死にゆく過程を見守るだけでなく、文化的・社会的な意味合いを含む言葉です。近年は人生の最終段階のケアを指すことが多く、緩和ケア、終末期ケア、死後のケアと関連します。
現代では「平穏な自然な死」というイメージも持ち、背景には医療技術の進歩とQOL重視の考え方があります。
日本の看取り文化は仏教などの影響を受け、先人の知恵は現代の看護にも応用可能です。
日本の看取りの概念と実践が、時代とともにどう変遷してきたかを明らかにします。
2. 近代以前の日本における看取り(主に江戸時代)
江戸時代、最期を迎える場所は原則として自宅であり、家族が中心となってケアを行っていました。
親の看取りは「孝行」として重視され、三世代同居がそれを支えました。
医療は漢方が中心で往診が一般的でしたが、薬よりも家族による心のこもった看病が重要視されました(「医者三分、看病七分」)。
仏教や儒教の死生観が影響を与え、臨終行儀なども行われました。
看取りは医療というより、生活文化・家族文化の一部でした。
3. 近代化の影響(明治~第二次世界大戦前)
明治維新後、西洋医学が導入され医療制度が改革されました。
医師免許制度や死亡届の義務化により、死は国家管理の対象となり始めました。
医療の焦点は病気そのものに移り、看護婦が登場し専門化が進みました。
病院も設立され始め、死を迎える場所の選択肢が生まれました。
「良妻賢母」の思想の下、女性が家庭看護を担う役割が期待されました。
伝統的な家中心の看取りは徐々に変化し始めました。
4. 第二次世界大戦後の変容
戦後、医療技術の進歩、国民皆保険制度の確立、核家族化などにより、死を迎える場所は急速に自宅から病院へと移行しました。
1976年には病院死が自宅死を上回り、2000年代初頭には約8割が病院で亡くなるようになりました。
背景には、医療へのアクセス向上、社会経済構造の変化、家族関係の変化と介護負担、死の医療化と文化の変容がありました。
病院死の増加は延命治療の普及につながる一方で、尊厳の軽視や死の非日常化といった課題も生み出しました。
5. ホスピス・緩和ケアの導入と発展
病院中心の死に対する反省から、1980年代以降、ホスピス・緩和ケアが導入されました。
その理念は、身体的苦痛だけでなく精神的、社会的、スピリチュアルな苦痛も含めた全人的なケアを提供し、QOLの向上を目指すものです。
1990年には緩和ケア病棟入院料が新設され、制度化が進みました。
WHOによる緩和ケアの定義も進化し、早期からの導入やがん以外の疾患への適用も強調されるようになりました。
ホスピス・緩和ケアの導入は、看取りにおいて全人的なケアの視点を再導入するものでしたが、普及にはまだ課題も残っています。
6. 高齢化社会における看取り
高齢化が進む日本では、介護保険制度が導入され、施設での看取りが増加しました。
看取りケアに対する報酬上の評価も行われ、病院以外の場所での看取りが政策的に後押しされています。
地域包括ケアシステムの構築も進められ、在宅医療・介護連携の強化が図られています。
しかし、依然として病院死の割合は高く、在宅看取りには課題が多く存在します。
介護施設が「第三の看取りの場」として重要性を増しています。
7. 現代の看取りをめぐる動向
現代では、自宅で最期を迎えたいという希望が多いものの、医療・介護資源の不足、家族の介護負担、療養環境の問題など、多くの課題があります。
ご本人の意思を尊重した看取りのため、アドバンス・ケア・プランニング(ACP、人生会議)が推進されています。
また、質の高い看取りケアには、医師、看護師、ケアマネジャーなど多職種の連携が不可欠です。
遺された家族へのグリーフケアの重要性も認識されています。
現代の看取りは、画一的な病院死からの脱却を目指し、個人の意思とQOLを尊重する方向へと進んでいます。
8. 日本における看取りの物語の進化
日本の看取りは、時代ごとに社会構造、医療技術、死生観、政策によって変化してきました。
江戸時代の家族中心の看取りから、近代化による医療の介入、戦後の病院への移行、そして現代における自宅や地域での看取りへの回帰と、その形は変遷してきました。
それぞれの時代で「良い看取り」の意味は問い直され、現代では個人の尊厳と選択を尊重する方向へと進んでいます。
しかし、それを支える社会システムの課題も多く残されています。
看取りの歴史を理解することは、より良い終末期ケアを考える上で重要な示唆を与えてくれます。
特定非営利活動法人CCLとして発信する理由
特定非営利活動法人CCLは、地域社会における包括的なケアの実現を目指し、人々の尊厳ある暮らしを支援することを目的として活動しています。
人生の最終段階である「看取り」は、その人らしさを尊重し、心身ともに穏やかに過ごせるよう支援することが重要です。
日本の看取りの歴史的変遷を一般市民の皆様に広く知っていただくことで、看取りに対する理解を深め、より良い終末期ケアのあり方を共に考えるきっかけを提供したいと考えています。
私たちは、過去の看取りの文化や変遷から学び、現代の課題を認識することで、地域における在宅看取りの推進、ACP(人生会議)の普及、多職種連携の強化、そしてご本人とご家族の意向を尊重した温かい看取りの実現に貢献していきたいと考えています。
皆様にとって「看取り」について考える一助となれば幸いです。